On that day,at that time

第2回は《W★ING》の旗揚げツアーから途絶える事なく参戦…
W★INGマットで暴れ捲った“空飛ぶ肉弾ツインズ“ザ・ヘッドハンターズの
初来日時の思い出から,その一端をご紹介します。



初めて彼等二人と会ったのは,もう今から24年も前の事になるんですよね。
私も若かったが(笑)彼等もまだ22歳と若かった。まだあどけなさが残る顔でしたね。

旗揚げ戦(1991年8月7日・後楽園ホール)の2ヶ月ほど前…
私は,単身アメリカやメキシコを回って,旗揚げツアーに参戦する外人レスラーを見て回りました。

勿論,渡米前から関川(ミスター・ポーゴ)とは頻繁に連絡をとっていて,
当時プエルトリコに住んでいた関川から「双子の黒人レスラー」の存在は聞いていました。

キャリアは3,4年との事だったが,故郷のサントドミンゴやプエルトリコ以外では
試合をした事が無いらしく,その実力は未知数だったが私は即決で来日を決めました。

来日を決めた理由? それは長年この業界でやってきた“勘“みたいなもの。
彼等の未知数にかけてみたんです。それが第1戦で間違っていない事を実証したんです。

試合運びは荒削りで,まだまだといった感じでしたが,
兄のビクターが三宅に決めたムーンサルト一発で場内の空気が一変しましたね。
でも,これには裏話があるんです。

キニョネスから「何かインパクトのある業を出せ。そうでないと二度と呼んでもらえないぞ!」
と嫌になるくらい聞かされた,と言う。それがムーンサルトだったんです。

後から聞いた話によると「あの時までムーンサルトをやった事などなかった」
と言うから驚いてしまった。(笑)47歳になった彼等は,いまテキサスに住んでいる。

プエルトリコで初めて会った翌日に,ホテルに電話が掛かってきて
「借金」を申し込まれてから日本で,メキシコで,今までいくら貸した事か…。(笑)

私も私で,貸したら却ってこない事は分かってるが,ついつい貸してしまう。
(笑)ビクターもマニーもどこか憎めないんです。デブちゃん達に会いたくなった。



















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